「FRIENDSⅡ」―ドアをめぐるオムニバス

「FRIENDS」はアルバム全体で一つの物語を形成していますが、「FRIENDSⅡ」(96年)にはそうしたコンセプトはありません。
しかし、一曲目「FriendsⅡ」は、「FRIENDS」の「Prologue Friends」がアレンジされたものであり、このことは「FRIENDSⅡ」がある点においては「FRIENDS」を引き継いでいることを物語っています。
ある点とは、冬という季節です。

2曲目の「SNOW」、5曲目の「sasanqua~冬の陽」のタイトルにも明らかなように、「FRIENDSⅡ」は、冬を舞台とした5つの物語がオムニバス形式で構成されています

「SNOW」、「傷心」、「BABY MOON」、「あるひそかな恋」、「きみをつれて」。
これらは独立した物語であり、季節が冬であるということが共通している以外、登場人物も、時も、場所も、全く違う別の物語です。
そして、それぞれ様々な恋愛の形が描かれ、曲ごとに他者との心理的距離は異なります。
ひどく互いの心が離れている物語もあれば、近いものもあり、あるいは全く心理的な距離が存在しないものもあります。

いずれにしても、様々な恋愛の形における他者との心理的な距離が描かれています。
その心理的な距離は、「ドア」というキーワードによって示されます

稲葉さんの歌詞にはしばしばドアという言葉が使われてきました。
「ultra soul」の「その手でドアを開けましょう」や、「野性のENERGY」の「がらくたに埋まるドアを開け」は“ドアを開ける”例として挙げられますが、この場合ドアを開いて出て行くということは、自己規定から自分を解放し、自分の人生を主体的に生きていくことを意味していました。

“閉ざされたドア”の例としては「扉」や「MOTEL」があがります。
「扉」で語り手が「叩き続けて」いた「ドア」とは、「あなた」の心の「ドア」であるわけですが、どんなにノックしても「あなた」が心を開いてくれなかった(ドアを開けてくれなかった)ために、主人公はあきらめて「新しいドア」を探しに行きます。

「MOTEL」には、曲のなかほどに「I close my door.」というコーラスがあります。
苦しみに耐えがたくなった時、語り手は心の「door」を閉ざし、一人の世界に潜ろうとしたのです。 この場合、ドアを閉ざすことは心を閉ざすことを意味しています。

ドアを閉ざすということは、部屋に閉じこもるということでもあります。
それゆえに、稲葉さんの歌詞では「ドア」と同じように「部屋」という言葉が使われることもあります。
「ハートも濡れるナンバー」では、失恋に傷つき自分の殻に閉じこもった女性に対して、「いつまで暗い部屋で踊っているの」と問いかけていました。
また、「SURFIN'3000GTR」の「この部屋を出よう」や、「ねがい」の「家出の準備などしてみよう」は、部屋から出て行くということであり、自分の殻から抜け出して理想や夢に向かって行動していくことを示しています。

また、ドアを開けて部屋を出るという意味で、稲葉さんの歌詞では「旅」という言葉が使われることもあります。「STAY GREEN~未熟な旅はとまらない」や「旅☆EVERY DAY」が例として挙げられます。

このように、自分のドアの内側(部屋)に閉じこもることが、心の殻に閉じこもってしまうことを意味したり、ドアを開ける(部屋を出る)ことが心を解放することを意味するなど、「ドア」や「部屋」は心の様相を比喩する言葉として用いられます

同じことが「FRIENDSⅡ」にも言えます。
「SNOW」において、語り手と「君」の心理的な距離は、「ドア」という言葉によって象徴的に表されます。
それを受けるかのように、続くそれぞれの曲でも、「ドア」や「部屋」をイメージさせる言葉が示さます。


「FRIENDSⅡ」の最初の物語「SNOW」に示されたこの「ドア」という言葉は、このオムニバスを横軸で結ぶキーワードなのです


1、「FRIEDNSⅡ」

 「FRIENDS」から冬を引き継いで、“それぞれの冬の物語”が始まります。


2.「SNOW」―閉ざされたドア
二人の関係を「壊してしまいたい」気持ちになっていた語り手は、「君」との関係に終止符を打ちました。
そして、彼は初めて一人で冬を迎えます。
「寒い暗い夜」、静かに雪が降るなかで、彼はひとり後悔していました。ひとりになってはじめて、「君」の存在の大きさに気づいたからです。でも、「手放した鳥は二度とは帰ってこない」ことにも、彼は気付いていました。

「君とのことを思い出すときはいつも ドアというドアを閉ざされたよう」

「君」の心のドアは、すでに固く閉ざされてしまっています。
「ドアというドア」―つまり主人公自身の心のドアも閉ざされてしまっているということです。
彼は自分の心の中に閉じこもり、「女々しい物思いに耽る」ことしかできなくなっています。

「雪に言葉はない 手紙も届けられない だれもノックしない すべては息をひそめる」

「言葉」もない、「手紙も届けられない」。彼は自分の心を伝える手段も、他者の心を伝えてもらう手段も一切失っています。
他者のドアをノックすることもできず、自分のドアをノックしてくれる者も誰もいません。
完全に外部から閉ざされた、この無音の世界で、孤独にうちふるえる彼を包んでくれるものは、降り続ける「雪」だけでした。

「つもれこの世の悲しみを全部 深く深く埋めてしまえ」

彼は、雪が象徴する冷たさ、静かさのなかに自らを押し込め、ドアをさらに強く閉ざしていきます


3.「傷心」―ノックされるドア

かつて語り手は、「求め合い過ぎ」て、いつしか「花火のようにはじけ散っ」た恋を経験しました。
そして、恋を失うことで彼は恋愛にひどく臆病になってしまいました。傷心し、深く心のドアを閉ざしてしまったのです。そして、もう二度と傷つかないように、もう何も感じないように、彼は部屋にとじこもりドアを閉ざし、「泥のように眠ろう」としていました。

しかし、ある時彼に歩み寄り、やさしくしてくれる「君」が現れます。
彼女は閉ざされた彼の心のドアをノックする存在でした

「何も見ない聞かない 問いには答えない」
「やさしくしないでこれ以上は どうかおねがい あの日のように自分がまた分からなくなるよ」

ドアの内側で「泥のように眠」りたい彼の心に、ノックの音が強く響きます。
彼はノックの音を「聞かない」ようにし、「ちかよらないでおくれ」と言って「君」を「見ない」ようにしています。
「君」のやさしさにどうしようもなく惹かれている自分に気づいているからこそ、彼にはドアを開けて「君」を受け入れる勇気がありませんでした。
もう二度と「つながり」を失う痛みを味わいたくはなかったのです。


4.「BABY MOON」―ノックするドア

「SNOW」「傷心」の主人公たちは、ドアを深く閉ざしていましたが、「BABY MOON」の語り手は相手に心を開いています。
しかし、「君」は語り手のドアの内に入ってきてはくれません。「可愛く笑ってるだけ」で、その本当の心をなかなか見せてはくれないのです。
しびれをきらした語り手は、自ら彼女の「部屋」に「出かけ」ます。

「いやいやでも 仕方なしでもいい部屋に入れて」

「部屋に入れて」という言葉には、ノックする行為が暗示されています
語り手が、彼女の心のドアを外側からノックしていることを象徴的に表現していると言えるでしょう。
この後、「アイスレモンティー」を飲むシーンがあり、彼女が語り手のノックに応えて部屋に入れてくれた(心のドアを開いてくれた)ことがわかります。

しかし、ふたりは未だ、友達でもなく恋人でもない、なんとも微妙な関係性のなかにあります。
語り手が「この関係どう思う?」と聞いても、彼女ははっきりと答えてはくれません。
ドアの内側―他者の心は、ミステリアスで神秘的です。

語り手は「ギクシャクして」もいいから、恋人としての関係を「始めてしまおう」と言います。
ドアの内側に入った彼は、他者の心の謎を解く旅をここから始めます。


5、sasanqua~冬の陽~

「SNOW」、「傷心」の主人公の心は、まるで凍てついた冬のように冷え切っていました。「BABY MOON」の主人公は、他者のドアの内側に入りながらも、冬の冷たい夜の“BABY MOON”という言葉に象徴されるような不安感を抱いています。
これまでの三編は、冬の夜の暗さや寒さを感じさせる曲でした。

しかし、このオムニバスに「冬の陽」がさしこむと、続く二編は、冬の穏やかな陽光を感じさせる物語が展開します。



6.「ある密かな恋」―ドア非在

「ある密かな恋」は、息が詰まるような切ない曲が続くこのアルバムのなかで、とりわけ明るい雰囲気の鼻歌のような曲であり、インターミッション的な存在です

この物語では、ドアが存在しません。つまり、生身の他者との心理的な距離が存在しません
語り手が恋しているのは、「雑誌」で見かけたモデルです。
彼は「君が僕を誘惑するのは無意識じゃない」など、ハタからみたら危ない妄想をしていますが、実際に彼がな生身の「君」の心に触れることは不可能です。
アイドルに憧れ大量にばらまかれるブロマイドを集める人のように、彼はただ雑誌で「君」の写真を探すことしかできません。
アイドルには偶像という意味がありますが、まさに彼は偶像に恋をしていると言えるでしょう。彼が恋こがれているのは、内面を所有した生身の人間ではなく、その“影”のようなものです。
 「いつになってもこの思い伝わることはない」と彼自身がふと漏らしているように、相手の心がない以上、ドアも存在せず、彼はドアをノックすることができません。
言い方を変えれば、相手が心を持たない以上、ふたりの間には心理的な距離がないのです。

彼は内面を持った生身の「君」に会いたいという気持ちを持ちますが、「小心者」の彼は今つきあっている彼女に本当のことを言って関係を終わらせることなどできません。
結局この物語は、「何も変わらない」まま終わるのです。

しかし、恋する対象に内面がない以上、彼は他者の心に幻滅することもなければ、傷つけられることもないまま、一方的に理想や幻想を抱くことができます。
こうしたシュミレーションとしての恋は、生々しい恋愛関係に疲れ心を冷やした人間にとって、時に癒しとなります。
それゆえに、この曲はとても気楽な雰囲気に彩られています。


6.「きみをつれて」―共有されたドアの外へ

「君と知り合いになってから かなりの時間が過ぎた」
「何もかもが新しく 禁断の果実をむさぼる そんな暮らし 長くはもたないね」

「BABY MOON」の語り手が、「君」のドアの内側に入ったとき、その心が謎と神秘に満ちていたように、 知り合ったばかりの恋人は、「何もかもが新しく」新鮮にうつるものです。

しかし、そんな新鮮さに満ちた日々は「長くはもたない」ものです。
互いを知れば知るほど新鮮さは次第になくなり、情熱的な恋は冷めていきます。

「もう一度だけ 君をつれて 旅をしてみたい」

「もう一度」という言葉に注目すれば、彼らがこれまでに一度以上は「旅」をしてきたことが分かります。二人が知り合ってから今日に至るまでの「かなりの時間」、彼らは相手の心のドアをノックしあい、手探りで歩く「旅」を続けてきたのでしょう。

そして、やがて彼らは互いのドアを開けはなち、心のテリトリーを共有しあうことになりました。
それは、何も言わなくてもお互いの気持ちが分かるような、空気のような関係。
一つのドアをふたりで共有するような関係だと言えるでしょう。それは夫婦愛のような、一つの愛の形です


しかし一方で、新鮮な驚きや喜び、心弾むようなときめきは「忘れて」きてしまったのです。
語り手は「知らないうちに忘れてきたもの」を取り戻すため、「もう一度だけ旅をしてみたい」と願います。

彼が行ってみたいという「名前のない場所」や、「風の強い砂漠で彷徨い歩く」、「言葉も知らない異国の路地裏で迷子になってみる」、これらの言葉には、わからないもの・謎なもの・未知なものに対する憧れが表れています。

迷いながらも手探りで他者の心の神秘を解いていく、新鮮さに満ちた日々を彼は求めています。
お互いをわかりあったドアの内側ではなく、ドアの外の未知の領域を求めて「旅」に出ようというのです。

「人は過去に学び前に進むはずだ 自分に言い聞かせてまた転がろう きっとまだ楽しめる
「おもいきって僕たちの未来を話してみよう

ときめきは「長くはもた」ず、いつしか隣にいるのが当たり前のような関係になっていく。
しかし、彼はそれでも、これからの二人は「まだ楽しめる」と言います。
下線部の言葉には、ふたりの「未来」の可能性が示唆されています。「君」をつれてドアの外に出て、もう一度「旅」をすることを考えた時、彼は「僕たちの未来」の可能性をそこに見ることができたのです。

ふたりの情熱的な恋は時間が経つほどに冷めていきました。
しかし、この冬の物語は冷めていくばかりではありません。
「冬の陽」のメロディが、ここでもABメロのオブリガードとして背後に流れていることに注目すれば、冬の冷たさのなかにも、あたたかな陽射しがさし込んでいることがわかります
この、さし込まれた「冬の陽」こそ、語り手が見た「僕たちの未来」の可能性だったのだと言えるでしょう


閉ざされたドアの物語「SNOW」、ノックされるドアの物語「傷心」、ノックするドアの物語「BABY MOON」、ドア非在の物語「ある密かな恋」、ドアから出る物語「きみをつれて」。
「FRIENDSⅡ」はドアをめぐるオムニバスであり、そこには様々な恋愛の形が描かれていました。
そして、このオムニバスは最後の物語に「冬の陽」をさしこんで終わります。

さしこまれた「冬の陽」は「僕たちの未来」の可能性そのものであり、情熱的な恋が終わっても決してふたりの恋愛そのものが終わのではなく、恋の形を変えながら、まだこの先も彼らの恋の物語が続いていくことを暗示しています。
「冬の陽」が象徴するのは、“恋愛の形の多様性と可能性”です
 
「FRIENDSⅡ」という“ドアをめぐるオムニバス”は、「冬の陽」を差し込むことによって、ここに描かれていない他のいくつものドア―多様な恋の形をも示唆しています。「FRIENDSⅡ」は描かれた5つの恋愛の形から、描かれていない多様な恋愛の形へと広がっていく終わりのないオムニバスなのかもしれません。

『FRIENDSⅡ』(作詞 稲葉浩志 VERMILLION RECORDS 1996)

2005/1/13に掲載したものを2017/3/12に再掲載した。

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