作者としての稲葉浩志-「意味なんかないんだよ」発言を中心に。

以前、稲葉さんはMCで「ギリギリchopの本当の意味とは」というネタを自らふっておきながら、「意味なんかないんだよ~」(「Brotherhood」のDVD)と語りました。
しびれましたねえ。
もうずいぶん昔のことになるんですね。
でも、今も稲葉さんのスタンスは変わってないと思います。

偉そうな感じになってしまって恐縮ですが、稲葉さんのこの手の発言は非常に稲葉さんの聡明さを物語っていると思います。

稲葉さんは、常に作品の作者として、パーフェクトな振る舞いをされていると思います。

一度自分の手を離れて作品としてリリースされたら、その作品の価値を見出していくのは受け手だという覚悟が稲葉さんの中にはあると思います


おそらくその覚悟があるから、稲葉さんは自分の作品について、意味をくどくど説明したことなんか一度もないのでしょう。

どんな分野であれ、作者が「ファンのみなさんはこんなふうに受け止めてるみたいですけど、この部分は実はこういう意味でね」なんて、自分の作品の意味を詳細に説明しだしたら、興ざめもいいところです。

一般的には作者が語る意図、というのは、唯一絶対のものとして捉えられがちです。
(実際は、たとえ作者が何かを語ったとしても、たくさんある解釈の中の一つでしかないのですが。歌詞分析のコンセプト参照。)
作者がそんなふうに発言したら、おそらく多くの受け手(特にファン)は作者の言うとおりにしか作品を受け止めなくなってしまいます。
その時、作品の意味は限定され、価値は定まり、それ以上に作品の世界が開かれていく機会を失います。
もっと価値や可能性があるかもしれない作品が、そこ(作者の発言の中)にしかとどまれなくなります


稲葉さんはそんなことはしません。これからもたぶんしません。
インタビューでズバっと聞かれたとしても、ふわあ~とぼやかしながらこれからも答えてくれるでしょう。

自己紹介で「僕はこういう人間です」と話し手が限定的に語ったところで、聞き手にとってその人の価値がそれだけでは終わらないように、作品は作者が語ることを越えて、多くの価値や可能性をはらんでいます。

「意味なんかないんだよ」とファンの前で語った稲葉さんを私は心からリスペクトしています


以下は、2005/02/19のブログ記事の修正版です。

…………

稲葉さんは時々「ただの歌詞ですから」とか、「意味なんかないんだよ~」なんて発言されていますけれども、それは稲葉さんが歌詞というものを「教科書」とか「聖書」のように絶対視(神聖視)されたくないからだと思うんです。

カリスマ性を持ち、多くのファンを得て、発言力のある立場にある人が何かを発言すると、その発言は「正しいこと」として捉えられがちです。
私が同じことを言ってもなんの説得力を持たないことでも、稲葉さんの場合、「稲葉さん」であるというまさにそのことによって、発言に重みが出てくるという事態がおきます。

だけど、稲葉さんが歌詞に描いていることって、「正しいこと」とか「道徳」ではなくて、「ある場面で何かを感じている自分」とか「何かに対して疑問を持っている自分自身」だと思うんです。

自分が感じたことを描いているだけなのだと、稲葉さんご自身、そういう発言を時々されています。
「Peace Of Mind」リリース時の雑誌のインタビューでも、稲葉さんは“「良いこと」を言おうとしているわけでもないし、大上段からお説教しているわけじゃない”とおっしゃっていました。

稲葉さんは、正しいとかまちがっているかを書く作詞家ではなく、「あるがままの自分自身」を描く作詞家だと私は思います。(私は、これは胸をはって言えます。)
それが、稲葉さんが「これはただの歌詞ですから」という理由だと私は思うんです。

自分が普通に感じたことが多くの人に重く受け止められ、「正しい価値基準」として受け止められてしまったら、それはとても苦しいことだと思います。
ただ自分自身が感じたことを描いただけなのに、それが「絶対的な正しさ」として認識されてしまったら、とても窮屈なのではないでしょうか。
普通に思ったことを言っただけなのに、つまり「ただの歌詞」なのに、そんなに重く受け止められて聖書のようにあがめられてしまったら。
稲葉さんのような立場にある人だからこそ、一つ一つの言葉は、リスナーに影響をおよぼします。

歌詞にあるのは「自分自身への素直さ」とか「あるがまま」であるとしても、決して、稲葉さんは自分自身の歌詞に「正しさ」や「道徳」なんか求めていないと思います。
「ただの歌詞ですから」「意味なんかないんだよ」という言葉が出てくるのは、そういう稲葉さんの認識からだと思っています。

稲葉さんは、たぶん、誰かに説教をすることなんて考えてもいないだろうなあと感じます。
でも、立場上、発言力がある以上、ご自分の立場や責任を考えざるを得ないでしょう。

“思ったことを描いているだけで、決してこれは「正しい価値基準」なんかではないんだ”
そんな思いが、「意味なんかないんだよ~」という半ばおどけた、わざとリスナーを突き放したような発言に行き着く
のだと思います。

その発言の奥に、私はあのような立場にある方の孤独さえも感じます。

稲葉さんにとって、むしろ歌詞は意味があるはずです。
稲葉さんにとって、もし本当に歌詞に意味がなかったら、稲葉さんにとって歌詞とは、作詞行為とは何になりましょう

稲葉さんは、「マグマ」も「Peace Of Mind」も、「今書かなければ」と思ったことを、心のままに描いたとおっしゃっていました。
「書いておかなければ」と思って書いた歌詞に、意味がないなんてことがあるでしょうか
稲葉さんにとって、少なくとも「書くという行為」は大きな意味を持っているはずです。
そうでなければ「The 7th Blues」も「マグマ」も「Peace Of Mind」も、生まれてこなかったでしょう。

「ただの歌詞ですから」「意味なんてないんだよ」。
それは、「歌詞に意味がない」ということではなくて、「僕自身が誰かに押付ける正しさや意味なんてないんだよ」ということだと思います


2005/11/21に掲載したものを2017/3/12に修正して再掲載した。
…………

→目次へ戻る

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック