「LOVE PHANTOM」-悲劇の発端とその様相

『LOVE PHANTOM』(96年)はファンがあっと驚くことを狙って製作された曲でした。
『“BUZZ!”!THE MOVIE』というライブビデオでは、様々な演出を凝らした『LOVE PHANTOM』の演奏シーンを見ることができます。
オペラ座の怪人のような衣装を稲葉さんが着て、高いところに昇っていきます。
まだ見たことのない方々にネタバレにならないよう、これ以上詳しく書くことは控えておきます。

体中の血液が波打つような躍動感、鮮烈なメロディ。聞く人に興奮を呼び起こさずにはいられない楽曲は、多くのリスナーの心をつかんで、『LOVE PHANTOM』は大ヒットを果たしました。

しかし、リスナーを驚かせたのは曲だけではありません。
歌詞もドラマチックです。

「いらない何も 捨ててしまおう 君を探し彷徨う MY SOUL
STOP THE TIME,SHOUT IT OUT がまんできない 僕を全部あげよう」

突然、始まるこの歌詞。何やら悲劇の香りが濃厚で、初めて聞いた時は、いったいどうしたの?と思った方も多いのではないでしょうか。

ここから分かるのは、主人公の魂が焦りながら「君」を「探し彷徨」っているということだけ。
どうしてこんなに、気も狂わんばかりに「君」を探してるのか。なぜこんなに「がまんできない」ほど焦って、「僕を全部あげよう」としてるのか。主人公の具体的な状況や気持ちは何も分からないまま、リスナーはスリルのある映画を見るように次に続く歌詞を待ち、最後までぐいぐいと曲の世界に引き込まれていきます。

そして曲の進行とともに、次第に明らかになってくるのは、お互いに愛し合い、必要としあった主人公と「君」。一緒にいるなかで、主人公は次第に過剰な期待を「君」に寄せるようになって、勝手に自分の中で「万能の君の幻」を作ってしまう。そして「万能の君」から与えられることばかりを求めるあまり、自分から「君」を愛することを忘れてしまったことが、この悲劇の発端であるということです。


「丁度 風のない海のように 退屈な日々だった 思えば花も色褪せていたよ 君に会うまでは」

主人公の「退屈な日々」をガラっと変えたのが「君」との出会いでした。
花の色が鮮やかに見え始めたのは、彼の心が豊かになったということ。「君」と一緒にいられることの幸福に満たされて、今まで目にも留めなかった道端に咲く花を綺麗だと思えるほど、心に豊かさが育まれていったのです。
「君」の存在によって彼の心は豊かになり、彼をとりまく世界は色彩を豊かに増していったのです。


ところが。

「ふたりでひとつになれちゃうことを 気持ちいいと思ううちに 少しのズレも許せない せこい人間になってたよ」
「欲しい気持ちが 成長しすぎて 愛することを忘れて 万能の君の幻を 僕の中に作ってた」

彼は「君」がもたらしてくれる幸福に喜びを感じるのですが、「君」が素敵な女性であるほどに、自分でも気付かないうちにいつしか過剰な期待を「君」に寄せるようになっていきます

自分の中で勝手に作りあげた「万能の君の幻」に与えられることばかりを要求するようになり、あるがままの「君」を自分から「愛することを忘れて」しまうのです。

 自分が「君」に寄せる膨大な期待と、実際の「君」とが「少し」でも「ズレ」ることを「許せない」。
彼はあるがままの「君」と「ひとつ」になることを望むのではなく、勝手に作り上げた「万能の君」と「少しのズレも」なく「ひとつ」になることを望むようになってしまったのです。


「君がいないと生きられない 熱い抱擁なしじゃ意味がない ねえ、2人でひとつでしょ yin&yan」
「君が僕を支えてくれる 君が僕を自由にしてくれる 月の光がそうするように 君の背中にすべりおちよう
(そして私はつぶされる)」

「君がいないと生きられない」と思うのも、「2人でひとつでしょ」と思うのも、恋人同士であれば当然のこと。
ですが、この時の彼は「欲しい気持ちが成長しすぎて愛することを忘れて」いたのです。「愛する」ことより、愛されることを。「支え」ることより、支えられることを。
「自由」にしてあげるより、「自由」にしてもらうことを望んでいた彼は、 次から次へと「君」から与えてもらうことばかりを欲して、「君」への愛を置き去りにしてしまっていたのです。


主人公は「君が僕を支えてくれる」ことがまるで当然であるかのように、「君の背中にすべりおち」、「君」に「支えて」もらおうとします。「万能の君」は必ず自分を「支え」、自分を「自由にしてくれる」のだと思い込んでいたのです。

稲葉さんの歌詞で初期から2002年くらいまでは特に顕著に、月光は女性の美しさを引き出したり、女性の本心を照らし出すものとして描かれることがあります
主人公は、「君」の生来の美しさをもっともっと見つめたいという願望から、自分自身が「月の光」のようになろうとしたのかもしれません。
ですが、主人公が「月の光」のように優しく彼女を照らせるはずもありません。彼は過剰な期待で作り上げた「万能の君の幻」を膨らませて、「君」の本心を思いやることもなく「君」にのしかかっていただけなのです。

彼のしていたことは、あるがままの「君」の心や美しさを見つめることとは正反対の行為でしかありませんでした。
当然、「君」は主人公から重くのしかかってくる膨大な期待に応えられません。
「そして私はつぶされる」。「君」は彼の期待の重荷に苦しみ、傷つき、心を「つぶされ」てしまう
のです。万能であれという期待に応えることのできる人間などいるでしょうか。

心を「つぶされ」た「君」は、主人公のもとを離れてしまいます。


「濡れる体 溶けてしまうほど 昼も夜も離れずに 過ごした時はホントなの 君は今何思う」

「君は今何思う」という言葉からは、彼がやっとあるがままの「君」を見つめ始めたことが分かります。
「君」がいなくなって初めて、主人公は自分が犯してきた過ちに気付いたのです。
 そして、彼は今こそ、自分から愛を吐き出そうと決意します。

「STOP THE TIME,SHOUT IT OUT がまんできない 僕を全部あげよう」
「腹の底から君の名前を叫んでとびだした It' my soul」

愛をおごらせてるだけではなく、自分から他者を愛し、自分から努力して他者を幸福にしたいという思いが魂となり、主人公から「とびだした」のです。彼は自分から「君」に自分の「全部」を与えたい気持ちになっているのです。

ところが、この魂は行き場を失っています。

「せわしい街のカンジがいやだよ 君はいないから 夢に向かい交差点を渡る 『途中の人』 はいいね」

主人公は、「君」の心がもう自分の住む「街」には戻ってこないことを自覚しています。彼の魂は焦燥感にかられながら、「君を探し彷徨」い続けなければなりません。
人が騒がしく「せわし」く行き交う「街」は、「君」を失った空虚感を痛感させて「いや」だ、「夢」という確かな目的に向かって道を歩む「途中の人」は羨ましいと彼は言います。
求めるものが道の先にあることを信じて、それを手に入れるために歩み続けることができる「途中の人」には、まだ希望があるからです。
「君」という目的を見失ってしまっている主人公は、「途中の人」にさえなれないのです



前奏の語りが耳によみがえります。

「You must know what I am. I must tell you what I've been loving.
I'm nothing, lifeless, soulless. Cause I'm "LOVE PHANTOM". 」
 (君は僕が何者かを知らなければならない。そして僕は今まで何を愛してきたのかをどうしても伝えなければならない。
だけれど僕は虚無だ、命もない、魂もない。なぜなら、僕は愛の幻影になってしまったから。)
※日本語はnikka訳。

この語りは「万能の君の幻」にとらわれるあまり、最終的には彼自身が幻影のような存在になってしまったことを意味していたのでしょう。
彼から「とびだした」魂は行き場を失っていつまでも「君を探し彷徨う」と同時に、彼の「カラダ」は「カラ」になって、命も魂も失ったような状態でいるのですから。

主人公は「君」に愛を吐き出そうと、気も狂わんばかりにもがく「LOVE PHANTOM」にその身をやつし、焼け付くような焦燥感と虚無感を抱えながら、「とぼとぼとはしゃぐ街を歩」き続けます。

2002年9月16日に掲載したものを2017年3月13日に再掲載した。

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