「symphony#9」-そのエロス、祈り、畏れ

「symphony#9」(2016年)の「あなた」は、生々しい肉体を感じさせない存在である。

「止まないsymphony
切ないmelody
朝な夕な弾けて飛び散る」


「あなた」(あるいはその声)は、「symphony」(交響曲)であり「melody」(旋律)であると語り手は繰り返す。
交響曲と旋律はどちらも音楽的要素である。
音楽には形がない。聴くことはできても、手で触れるものではない

「もう忘れようとすれば 
歌いかけてくる
捕まえようとすれば 
消える」


「捕まえようとすれば 消える」とあるように、語り手は「あなた」に触れることはできない

「遠くまで行けば行くほど
大きくなる声
その囁きは膨らんで
詩になる」


語り手が感じ取るのは常に「あなた」の歌いかけてくる「声」であり、「囁き」である。
「you are my mystery」「you are my fantasy」、「あなた」は神秘であり、謎めいて、幻想的な存在でもある。
「symphony#9」の「あなた」は、生々しい肉体を付与された存在としては顕現しない

稲葉歌詞の語り手は、手触りやぬくもりに幸福の感覚を見出す傾向が強い。ぬくもりは愛や真実を伝えるものとして示されてきた。(ぬくもり至上主義 考察参照)
しかし、これは対等な人間関係において、の話である。

「symphony#9」の「あなた」と語り手の関係は、もう対等な人間関係とは言えない。
少なくとも、語り手の「あなた」への思いは、とうに恋愛感情を越えて、崇拝感情に達している

愛する対象への憧れが一方的に強くなると、対等な関係を超え、崇拝感情にまで至る。
このような場合、愛する対象は己のよりどころとなるような、絶対的な存在へと高められていく。

「答えを生み落とす母なる数式」


常に正しい答えを導き出す数式に矛盾はない。「あなた」は語り手にとって、矛盾のない完全な存在なのだ
そして、「you are my remedy」、語り手に救済をもたらす存在でもある。

救済をもたらす矛盾のない完全な存在。
それはもう、語り手にとって、神のような存在に他ならない
だろう。


稲葉さんはインタビューで次のように答えている。

「サビ前のフレーズは、現実から夢にいくのか夢から現実にいくのか…、一瞬目が覚めるような、一瞬まったく別世界にいくような感じを表現したくて。徳永君には“突然雷が鳴るような感じで”と伝えました(笑)」(竹内美保氏によるインタビューttps://thepage.jp/detail/20160110-00000002-wordleaf から引用)

サビ前のフレーズは荘厳で、まさに「目が覚めるような」「まったく別世界にいくような」「突然雷が鳴るような」雰囲気である。まるで超越的な存在から天啓か啓示でも受けているような凄みを感じさせる
(※追記 3/28 そういえば稲葉さんは「念書」(2014年)で「稲妻が走るような天啓」と歌っていた。)


曲の最後のほうでも、「あなた」は形而上的な(形を持たない)意味の言葉で語られる。

「You are my energy,You are my enemy.
You are my elegy,You are my remedy.
My history,My victory
My Philosophy,My identity.」


あなたは力であり、敵(己を打ち砕く者)である。
あなたは哀歌であり、救済である。
あなたは私の歴史(人生)であり、勝利であり、
哲学であり、そして私を私たらしめる。
といったところだろうか。

語り手は「あなた」が自分にとってどのような存在であるかを羅列していき、最後は「identity」でまとめあげる。
「identity」とは、自己同一性である。
「あなた」は、語り手にとって、私を私たらしめる存在だ。
「あなた」は彼を打ち砕きもするが、同時に生かしもする。私の全てを決定づけていく完全な存在なのである



「相手が悪であろうと
優しくありたいそれが
自分の理想だなんて
微笑んでみせた」


この部分は、主語を二通りにとらえることができる。
「あなた」が主語であるなら、「あなた」は相手がたとえ悪でも許しを与える存在、ということになる。
また、語り手が主語であるなら、完全なる存在である「あなた」に近づこうと精神を上昇させていこうとするあり方が示されている、ということになるだろう。

対象に限りなく近づこうと自らの精神を上昇させていくというあり方は、哲学的な意味でのエロスにも近い。
楽曲も歌詞も、この作品は、ほとんど神への祈りの様相を呈している

事実、彼は「あなたに幸せが訪れますように」と祈っている。
祈りとはそもそも、個人の願いよりも、まず神の栄光や繁栄といった神の幸せを祈るものである。
もちろんこの作品は特定の宗教や信仰のことを言っているのではない。
彼は「あなた」への崇拝感情から、本能的に祈りの本質にたどり着いているのだ。
情念と言うのか、執念と言うのか。
その神秘に満ちた「深い森の奥まで連れ込んでおくれ」とは、「あなた」に合一したいという願望そのものだった。
「あなた」は「ecstasy」と同時に「jealousy」をもたらす。
つまり語り手は、恍惚、快感、喜びといった思いと同時に、嫉妬、怖れ、不安というネガティブな感情をも抱いている。
それは、全身全霊をかけて完全な存在に合一しようと祈る彼の喜び、歓喜であり、また畏れや苦しさなのだ
(合一とは、限りなくそこに近づこうと自らの精神を上昇させていくことである。『正面衝突』(04年)の感覚に近いと言えるかもしれない。)

ちなみに、ベートーベンの交響曲第九の歌詞は、完全なる神によって造られたこの世界で生きることに歓喜し、神の方を向いて、完全なる存在に合一していこうとする思いが示されている。
タイトル「symphony#9」は、そんなところにも通じているのかもしれないが、このあたりは、私の推測の域を出ない。

参考作品
「symphony#9」 ソロシングル「羽」(2016年 VERMILLION RECORDS 稲葉浩志作詞)収録曲 


2017年3月19日 up date

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