『Peace Of Mind』考察 1

目次
1、奪われた心の平穏 『SAIHATE HOTEL』を軸に
2、『Peace Of Mind』が招待するうらがえしの世界
3、二項対立を否定する「オアズケ」的思考
4、天秤を越えて宇宙へ


1、奪われた心の平穏
まずは、社会的な視点から『SAIHATE HOTEL』を考察していきますが、『SAIHATE HOTEL』は社会的な視点からだけでなく、身近な人間関係が描かれたものとして読む解釈も成り立ちます。
既に『志庵』(「志庵」己から惑星へ参照)に示されていたように、稲葉さんの歌詞において、身近な人間関係と社会的な問題とは切り離されていません。


社会的な視点から見た『SAIHATE HOTEL』

「この星の現状 どこだって戦場」(『おかえり』)

この星においては、もはや絶対の安全が保証された場所など、どこにもない。稲葉さんはそう表現しました。
日本の自衛隊は世界有数の巨大な軍事力を有しています。
稲葉さんは『SAIHATE HOTEL』のなかで、自衛隊のヘリコプターを「クワガタみたい」と形容しましたが、まさにクワガタの角に象徴されるような巨大な武器・軍事力を自衛隊は有しており、実質上、それはほとんど軍隊のようなものです。
憲法第9条を改正しようとする政治家たちの動きが、それに拍車をかけて、多くの人々の不安を煽ります。
自衛隊のイラク派遣はおしすすめられたし、それ以外にも、テロリズムや凶悪な殺人事件などの脅威が相次ぐ現状です。

この日本でさえ、常に危険と隣り合わせであり、日々たくさんの「戦場」が生まれているのだと言えます。

それは、世界のはじっこにある「SAIHATE HOTEL」でさえ、例外ではありません。

「SAIHATE」とは、いったい何に対する最果てなのでしょうか。
「あの命この命」には「最前線」という言葉があります。「SAIHATE」とは、「最前線」と対になる言葉であると考えられます
つまり、戦場の「最前線」ではない場所という意味での「世界のはじっこ」であり、「SAIHATE」なのではないでしょうか。

直接、危険な場所に出て行くわけではない者たちは、「最前線」からは距離を置いた、世界のはじっこである「SAIHATE」で、なんとか守られ、生き延びていると言えるかもしれません。

『おかえり』では、「命がけのドア」を開けて危険な場所に出て行く人たちが「とびこんでく人」、出て行った人を見守る人が「はなれて見てる人」と表現されていました。
『SAIHATE HOTEL』では、ロビーのひとごみをかきわけて出て行った「君」は、現場に「とびこんで行く人」であり、主人公「僕」は、「はなれて見てる人」であると言えます。

「ぶ厚いガラスの向こう 見えるのは無音の劇場 心臓はエレヴェイター」


あまりにも悲惨であったり、あまりにも強烈な現実を目の前にした時、私たちはそれにリアリティを感じることができず、まるで映画のようと言ったりします。
今、彼にはガラスのむこうの事態が、音を無くした光景、リアリティをなくした光景として映っています。

「SAIHATE HOTEL」と危険な「戦場」は、「ぶあついガラス」によって隔てられているに過ぎません。
この場所が、HOMEでもHOUSEでもなく、HOTELであるということに注目したいのです。
HOTELとは、仮住まいの場であり、ほんのひと時を過ごす場所です。ここでずっと生きていけるという約束も、保証もありません

『水平線』のなかでは、「命」を形容する言葉が、次のように示されていました。

「あれはまぶしくはかない命のきらめきです」

ほんのたまゆらの時しか生きられず、ささいなことであっけなく消えてしまう「命」を、稲葉さんは「まぶしくはかない」と形容しています。
この言葉がそのまま、「SAIHATE HOTEL」を形容していることには注目したい
と思います。

「まぶしいSAIHATE HOTEL  はかないSAIHATE HOTEL」

HOTEL、仮住まいの場。それは最前線からは離れた、かろうじて守られた場所です。
「命」がまぶしく輝ける場所であるけれども、同時に、「命」が消えてゆくかもしれない危険を常にはらんだ場所です。
「朝早く最新のバクダンが落っこち」(『あの命この命』)るのが、ここでないと言い切ることは誰にもできません。
「はなれて見てる人」であるこのHOTELにいる人たちだって、不安が常につきまといます。

「たばこくわえ 電話にらみ 男は送るヒミツのメッセージ」
「壁にもたれ たぶん待ちぼうけ 女はコーヒーを投げ捨ててった」


「男」が具体的に何をしているのかはわかりませんが「ひみつのメッセージ」という言葉がイメージさせるなにやら尋常ではない不穏な、はりつめた空気。
そして、主人公と同じように、出て行った人を待っていた「女」は、待ち続けることに疲れ、そのやるせなさが、コーヒーを投げ捨てるという行為に表れています。

世界のはじっこの「SAIHATE HOTEL」でさえ、人々の心の平穏は奪われています
主人公は、もはや生きている心地すらなくしています。

「窓にうつるのは自分の亡霊」
「街たそがれ ボクあこがれ 底なしの欲望に飲みこまれ」
「自由を無くし 生きてることに 気づかないけどかまやしない」


「もう少し生きたいと願うこと」、「君」に笑顔でかえってきてほしい、そしてともに幸福に生きたいという彼の「底なしの欲望」は、不安や恐怖にかられるほどに増大していくことでしょう。
欲望にのみこまれてがんじがらめになり、心の平穏を得ることなどできません。
しかし、「かまやしない」と開き直ることしかできません。
不安は、常に彼につきまといます。

「誰かがノックする 気配を感じふらり立ち上がる」
ここはまぶしいSAIHATE HOTEL
はかないSAIHATE HOTE 息を殺せ」


彼が「息を殺」してドアの外の気配をうかがうところで、この曲は終わっています。
ドアの向こうには誰がいるのか。笑顔の「君」かもしれない。しかし、「こっちの愛のために あっちの愛を消す」ことしか選択できない状況に追い込まれている誰かかもしれない。
あるいは、負傷して助けを求めている人なのか。
ここではいくつもの可能性が残されています。
いずれにしても、ドアの外にいるのは誰なのかという不安がピークに達したまま、幕が閉じます

この曲においては、誰の心の不安も解消されません。誰もが心の平穏を奪われています。そういうものとして、「この星の現状」が描かれているのです

曲冒頭の苦悶の叫びをあげていたのは誰なのかを考えたとき、最前線で戦う人、あっけなく命を奪われた人、彼らの帰りを待ちわびる人、様々な人を想定することができます。
心の平穏を奪われた全ての人の叫びなのではないかと私は考えます。

「戦争」という言葉を、国同士の争いとか内紛とかテロリズムとか、そういった派手にやるものとしてのみ捉えるのならば、自分とは全く関係ないところにその原因があるようにも思えてきます。
しかし、稲葉さんの歌詞では、「戦争」、争いは、身近な人間関係から始まるのだということが示されます
 
 

個人的な視点から見た『SAIHATE HOTEL』

"「僕」は、世界のさいはてのホテルで、恋する「君」を待つ"
エロティックでスリリングな設定は、禁断の恋を想像させずにはいられません
曲順が並んでいるので『横恋慕』のお話の続き、「アイツ」から「君」を奪う略奪愛の物語として聴けるのが面白いですね。

かつて禁じられた恋に堕ちた『MOTEL』の恋人たちが、モーテルの外の「冷たい風」(社会からのつめたい風当たり)を恐れていたように、『SAIHATE HOTEL』の恋人たちもまた、「ぶ厚いガラス」の向こうに広がる世界を怖れています。
二人が世界の最果てにいるということは、彼らが社会的窮地に追い込まれていることを象徴的に表していると言えるでしょう

彼らは毎日ホテルで会っては別れるという、束の間の逢瀬を繰り返しているのかもしれません。
ホテルを出たら戻ってくるのは命がけとばかりに、「君」は「勇敢なSoldier」と形容され、外をうろつく自衛隊のヘリさえも、自分たちを脅かす不気味な存在として彼には認識されています。

つきまとう不安。部屋のドアを開けるのは「君」かもしれない。でも、もしかしたら「アイツ」がナイフを光らせてやってきたのかもしれない。
心の休まることのない不安な日々を過ごし、心をすりへらしながら生きています。

しかし、タブーを犯してでも、二人でいることを選んだのは他でもない彼自身です。
禁じられた恋を貫徹することで、彼は自らこの世界を不安で危険なものに変えてしまったのだと言えます。
見方を変えれば、彼は世界のはじっこまで自分を追い込んでしまっている、と言えるでしょう。
彼の心の平穏を奪っているのは他ならぬ彼自身です。

しかも彼は自分のみならず、この禁断の恋を決行することで、「君」や「アイツ」の心の平穏をも奪っていることになります。
誰もが心穏やかではいられないような世界を、主人公自身が作ってしまっているのです。

このように、個人的な視点で『SAIHATE HOTEL』見ていった場合にも、人々の心の平穏は奪われています。


2、『Peace Of Mind』が招待するうらがえしの世界 へ

参考作品
アルバム『Peace Of Mind』(作詞 稲葉浩志 VERMILLION RECORDS 2004)

2004年10月12日に掲載したものを2017年3月22日に再掲載した。

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