「CHAMP」所感

「罵倒する声」って聞こえてきてドキっとした。
急にその言葉が耳に刺さってきて、歌詞カードにも載っていないそのフレーズを思わず確かめてしまった。
「CHAMP」の間奏のつぶやきは「賞賛する声 罵倒する声 同情する声 すべてが遠くへ消えていく」と言っていたのか。
「DINOSAUR」というアルバムを通しての個人的なハイライトだと思った。

私みたいな者でもそういう声が聞こえてくる。
すごいねと褒めてくれる人、非常識な奴と言ってくる人、かわいそうって言ってくる人までおりますよ。

もっと大勢の人の前に立つ、ああいう立場の稲葉さんはもっともっとたくさんそういう声が聞こえてくるんだろうと思う。
突出する人には激しい賛否両論があるんだろう。

私は罵倒する声を聴くと傷つくし、何日もその言葉が頭から離れない。
でも誰かに褒められたりすると気分が上がる。けなされると下がる。
同情されると悲しかったり腹が立ったりする。

人から自分の価値を決められることに一喜一憂。
もう何もかも嫌になって燃え尽きそうになりますわ~。
ほんと生きるのはしんどい、、、誰か助けて、、、みたいな。
もう人の評価なんか気にしないで生きてみてえなあとか思いながら日々酒を飲んでますよ。
全てを超えて生きられたらな~と思うんですよねえ。

稲葉さん自身、「賞賛する声 罵倒する声 同情する声」が聞こえてくるからこそ、それをあえて歌詞にするのだろうし、そういうものを超えたところへ全力で行こうとするのだろうと思う。
そのことを思うと胸が苦しくなりますなあ。

「賞賛する声 罵倒する声 同情する声 すべてが遠くへ消えていく」って稲葉さんがつぶやいているのに気付いた時、全てを超えて真空地帯に飛び去っていく稲葉さんの背中が見える気がしました。

何もかも超えようとしていたかつての哀しきDreamerを思い出した。
この世的な価値判断の全てを超えて人と違う領域に行くことをかつては「夢見てもいいだろう」と品良く控えめに表明してたっけなあ。
今から自分は真空地帯に行きますけど笑いたいなら笑っていいですよ、夢見たっていいでしょう、あーでも本当にできるならね?みたいな感じだったんだと思う。

一方、「CHAMP」では何の遠慮もなくためらいもなく、誰も知らない領域に踏み込もうとしてる。
俺は哀しき夢見る者なのさ、なんて感傷には浸らない。
そんな場合じゃないらしい。「圧倒的じゃなきゃいけない」と心に決めたのだ。
だから「醒めた目で己を見」て、自らを奮い立たせるように力強く「I’m a champ」と言い切ってみせる。

どんなにすごい人だって、「I’m a champ」って自分で言うのって結構な勇気がいると思うんですよね。
そんなこと言うと「なにがchampだよ、ぷっ」って言ってくるやつがどこからともなく沸いてきて、また激しく罵倒してくるんだよ。

私が「I’m a champ」って大通りで叫んだらどうなるか、想像してみる。
きっと声の届く半径10メートルくらいの人たちに石を投げられる。
知り合いの中には賞賛してくれる人もいるかもしれんけど、罵倒されたり同情されたりするだろう。

これが稲葉さんの場合、声を出したら半径10メートルにはとどまらない。
作品として出したらもう世界中にまでその声が届くと言ってもいいだろう。
ファンは賞賛するかもしれないが、そうではない人たちの中には罵倒したり同情したりする人もたくさんいるんだろうと想像できる。

でも、それが分かっててあえて「I’m a champ」って歌いまくる。
誰に何を言われようと自分は「I’m a champ」と表明し続ける。
「I’m a champ」って稲葉さが公に歌うこと自体、全てを超えていく強い覚悟と意志がなければできないことだ。

“誰かに何か言われるから〇〇しておこう”とか、あるいは“〇〇をしないでおこう”という思考をはるかに超え、自分自身のために「I’m a champ」と言ってるんだと思う。
自分の価値は人が決めるのではなく、自分自身が決めていく。
そういえば稲葉さん、「X」でも「誰にも決められないあなたの価値はいつかわかるでしょう」って歌ってたな。


「哀しきDreamer」は転調して曲調が勇ましくなると歌詞的にも覚悟を決めていく。
ただし最後は「本当にできるなら?」という疑問符つきの言葉で締めくくってる。
最後まで葛藤している。
誰も知らない領域に行きたい、本当にできるならな?という希望がこめられた歌詞だったのかもしれない。
そう言えば彼は自らをDreamer(夢見る者)だと言っていた。
それは理想を夢見る己を表現する言葉だったのかもしれない。

「CHAMP」において、「哀しきDreamer」の頃夢見ていた場所に彼はすでに立っているようだ。
もう遠い夢ではない。理想は現実になりつつある。
彼はすでに常識非常識というこの世的な価値判断を超えるところにさしかかっていて、たとえ「非常識な奴」と言われても「かまやしないさ」と言ってみせる。

時を経た今も彼は一人で行くことの「寂寥感」を抱えてる。
孤独や哀しさは未だ確かにそこにあって、道は険しい。
だが彼は今や「哀しきDreamer」の頃のようには感傷に浸らない。
彼はもうI'm a dreamer とは言わない。
「醒めた目で己を見よう」とし、「I'm a champ」と言いきる。


稲葉さんの見せてくれる一瞬一瞬も素晴らしいけれど、長い年月をかけて稲葉さんはものすごいものを見せてくれている気がする。
どんな映画や小説よりも私にとっては圧倒的に映る。
本当に稲葉さんのファンで良かったと改めて思いました。

参考作品 「CHAMP」作詞稲葉浩志(アルバム「DINOSAUR」収録 2017年)

2017年12月18日 up date

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